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世界史 アフリカ諸国の独立 Unit 01
Unit 01

前提:植民地支配とアフリカ分割

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前提:植民地支配とアフリカ分割

第二次世界大戦前の独立国

第二次世界大戦前、アフリカで独立を保っていた国は4カ国のみ。

国名備考
エチオピア1896年アドワの戦いでイタリアを撃退。ただし1936年イタリアに一時併合
リベリアアメリカの解放奴隷が建国。アメリカの援助で独立を維持
エジプト1922年独立、1936年エジプト王国として正式独立
南アフリカ連邦1910年イギリスの自治領として独立

アフリカ分割(19世紀後半)

契機:ベルリン会議

1884〜85年、ビスマルクが召集したベルリン会議(コンゴ会議)で列強によるアフリカ分割のルールが確定。

先占の原則」:実際に占領・支配した土地に権利が認められる → 列強による分割競争が加速

主な列強と戦略

戦略・主な植民地
イギリス縦断政策(カイロ〜ケープタウン)。エジプト・スーダン・ナイジェリア・南アフリカなど
フランス横断政策(大西洋〜紅海)。西アフリカ・赤道アフリカなど広大な領域
ベルギーベルギー領コンゴ(現コンゴ民主共和国)。豊富な地下資源が目当て
ポルトガルアンゴラ・モザンビーク・ギニアビサウなど。最後まで独立を拒否した宗主国
ドイツタンガニーカ(現タンザニア)・カメルーンなど。第一次大戦後に失う
イタリアリビア・エリトリア・イタリア領ソマリア

人工的国境線の問題

列強はアフリカを緯線・経線など地図上の直線で分割 → 民族・言語・宗教の分布を無視した人工的国境線が生まれた。

人工的国境線
↓
同一民族が複数国に分断
↓
異民族・異宗教が同一国に混在
↓
独立後の内戦・紛争の構造的原因

分割統治(Divide and Rule)

植民地支配の基本戦略。民族・宗教を意図的に対立させ、植民地政府が「仲裁者」として支配を維持する。

例:ルワンダでベルギーがツチ族を優遇しフツ族を劣位に置いた → 独立後1994年のルワンダ虐殺に繋がる

試験頻出:「アフリカで紛争が多いのはなぜか」→ 人工的国境・分割統治・新植民地主義の3点がセット回答の核心。